調査研究②

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池黒池のすぐ外に排水の為に掘を作ったのが、良く分かると思います
長溝⇒浦川
 池黒池にあふれる水を流すために、屋形山の麓を巡って
浦川まで井手が掘られた。このころこの辺りは所々に小高い
やせ地がある以外は、いたる所に水が湧く沼地があるばかり
で、井手掘りはひどく手間取り、人々はひどく苦心したとい
われている。
 しかし、この溝の完成で水はけがよくなり、荒尾・増永・
向一部・蔵満・小野・牛水など多くの地区のかんがいが便利
になった。
 こうして池黒池の水が長溝から浦川、さらに成光川へ続く
ようになると、その流れの全てが浦川と呼ばれるようになった。
 
 後年長溝は拡張される個所があり。幅が3間(5.46m)から
5(9.1)におよぶところもあり、長洲では成光川が急に
大きくなったため、浦川を大川と呼ぶようになったといわ
れている。



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by hiromu311888 | 2014-03-12 18:36 | その他 | Comments(0)

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