調査研究①

 地元荒尾市の歴史に関することに興味があります。
いろいろ調査していますので、おいおいUPします。
 
ほとんど毎日のように午前中に、近所をウォーキングしていますが、
グリーンランドの近くに「池黒池」がありますので、初回は「池黒池」を。

池黒池
 慶長年間(15961615)加藤清正公は、玉名地方に干拓地を
広げられた。

 慶長12(1607)には長洲と梅田の間に「五合灘」と呼ばれる塘を

築かれ、梅田・長洲・牛水・小野・蔵満にかけて60町歩(5,940a)

余りの新地ができ840石の米が取れるようになった。ただこの

新地は長洲近くに成光川(成満川が流れているだけで、日照りが続く

と田畑を潤す水が不足し、たちまち被害を受けるという状況であった。

 

 そこで清正公は、荒尾市の大谷の南に大きな池を作ることにし、

土地を掘り下げるとともに西側に70(127.4m)余りの土手を築かせ

たので、周りの丘から水が集まって、広さ2町7(8267.3a)余りの

池が完成した。

 

 この池は「池河原池」または「池河原堤」とも呼ばれていたが、

その後「池袋」「池黒堤」または「池黒池」と呼ばれるようになり、

現在は「池黒池」と呼ばれている。

<参考資料>麦田静雄著「荒尾の史話」

c0329378_19180110.jpg
北側の道路から南西方向を写しました
冬季は水を抜いてあるので、土地を掘り下げたことが良く分かります
右側の家から左手に伸びているのが「塘」です
c0329378_19192997.jpg
池の南側が低くなっているので、塘を築いて池にしたわけです
中央に流れている排水溝については次の機会にUPします



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by hiromu311888 | 2014-03-11 20:11 | その他 | Comments(0)

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